バラの歴史

バラ戦争

15世紀後半イギリスにて、ヨーク家とランカスター家の王位継承戦争32年間もの間続いた。この戦争には国内の封建貴族が殆ど両派に分かれてしのぎを削った封建貴族間の勢力争いでもありました。この戦争をバラ戦争といいます。(実際の戦闘期間は12〜13週間に過ぎないといわれています)

バラ戦争では、ヨーク家が白バラを、ランカスター家が赤バラをシンボルとして戦い、その結末はランカスター家のヘンリー・チュードルがヘンリー7世となり、ヨーク家のエリザベスを妻に迎えて新しい王統をつくり、ヨーク家の白バラのなかに赤バラをおさめたチュードル・ローズが現イギリス王家の紋章となりました。

国花、州花としてのバラ

バラ戦争以後、バラはイギリス王室の紋章で、国家的な標章にも使われているてめ、イギリスの国花とまでいわれています。国花としてのバラは、白赤二重のチュードル・ドーズが使われています。

ニューヨーク州
1891年、品種に関係なくバラ全体を指します
アイオワ州
1897年、州内にノバラが多いことから
ノース・ダコタ州
1907年、野生の原生のツルバラ
首都ワシントン
1929年、アメリカで高配されたアメリカンビューティ

また、アメリカの花ごよみでは、バラが6月の花に選ばれています。